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マルシンスパ

高層ビルに囲まれた都会の片隅、笹塚駅から歩くこと僅か一分。そこに存在するのは、名も知れぬビルの十階にひっそりと佇む隠された楽園だ。「天空のアジト マルシンスパ」——その名は、都会の騒音と喧騒から逃れようとする者たちの間で、密やかに囁かれる秘密の合言葉のようだ。

エレベーターで十階へと上がり、ドアが開けば、そこはもう別世界。日常の重みを脱ぎ捨てる場所。この「天空のアジト」は、その名の通り、現実から少し浮いた場所に存在している。ここでは時間の流れが違う。窓の外に広がる東京の夜景を眺めながら、深呼吸一つで心が軽くなる不思議な空間だ。

男たちだけの秘密の場所——それがマルシンスパの魅力の一つかもしれない。ここでは社会的な肩書きも地位も関係ない。サウナの熱気の中では、誰もが平等な「サウナー」となる。マルシンのサウナルームは、北欧と日本の美意識が融合した静謐な空間だ。そして、この狭い室内に不相応なほど大きく鎮座するikiストーブ。その存在感は圧倒的で、まるで熱の神殿を守る守護神のようだ。100度を超える熱気の中、体の芯から温まり、毛穴という毛穴から全ての疲れが流れ出していく。

この場所はまた、セルフロウリュの先駆者としても知られている。一般のサウナが禁止していた頃から、自らの手でサウナストーンに水をかけ、熱気を高める喜びを知る者たちに、自由を与えてきた革命児のような存在だ。そして何よりも特別なのは、スタッフによるロウリュと熱波の儀式だ。決まった時間になると、マイスターと呼ばれる達人たちが、サウナストーンに水をかけ、うちわやタオルで熱気を送る。その瞬間、サウナ室内は蒸気に包まれ、熱が全身を包み込む。閉じた目の裏に光が踊り、時には幻覚すら見えるような、神秘的な体験へと誘われる。

サウナからの解放後に待っているのは、地下水を使用した広々とした水風呂だ。わずかにエメラルド色から琥珀色を帯びたその水は、18度から20度に保たれている。サウナの熱気で開ききった毛穴が、冷たい水に触れた瞬間に閉じていく感覚は、何物にも代えがたい快感だ。体中を駆け巡る電流のような刺激に、思わず息を呑む。この熱と冷の対比こそが、サウナの真髄であり、日常では決して味わえない「ととのい」の境地へと導いてくれる。

水風呂から上がれば、屋外のリラクゼーションエリアへ。そこからは、電車や高速道路など、都会の景色が一望できる。夜になれば、無数の光の点滅が視界を埋め尽くす。冷たい外気が肌を撫で、サウナと水風呂で掻き立てられた感覚が少しずつ落ち着いていく。風に吹かれながら見上げる夜空は、都会の真ん中にいることを忘れさせるほどに美しい。

疲れ切った体を横たえるのは、仮眠室の快適なカウチベッド。横になった瞬間、これまでの緊張がすべて解け、体が沈んでいくような心地よさ。近くの棚には漫画が並び、時間を忘れて物語の世界に浸ることもできる。ここでは誰もが少年のように無邪気になれる。

お腹が空いたら、笹塚チャーシューを頬張りながら、特大サイズのオロポ(ポカリスエットとオロナミンCのミックス)で喉を潤す。サウナ後の食事は格別だ。汗と共に流れ出た毒素を洗い流し、新たなエネルギーを取り込む。笹塚チャーシューの旨味が口の中に広がると、思わず目を閉じてしまう。

もっと深いリラクゼーションを求めるなら、白樺や柏の枝を使ったウィスキングもある。専門の「ウィスキングマイスター」が、枝で体を叩き、マッサージすることで、血行を促進し、リンパの流れを良くしてくれる。枝が肌に触れる感触は、初めは少し痛いが、次第に心地よさに変わっていく。自然の力を借りた古来からの癒しの技法だ。

日が暮れ、夜が更けていくにつれ、マルシンスパはより神秘的な雰囲気に包まれる。昼間とは違う静けさが漂い、サウナの熱気だけが時を刻む。ここでは、誰もが自分自身と向き合う時間を持つことができる。日常の喧騒から離れ、自分の内側にある静寂に耳を傾ける——そんな贅沢な時間を与えてくれる場所なのだ。

都会の真ん中にありながら、まるで別世界のような「天空のアジト マルシンスパ」。それは単なる温浴施設ではなく、心と体を解放する聖域だ。日々の疲れを癒し、明日への活力を与えてくれる。そこに集う男たちは、皆同じ目的を持っている——「ととのう」という、言葉では表現しきれない至福の瞬間を求めて。

マルシンスパでの体験は、単なる思い出以上のものを残してくれる。それは体の奥深くに刻まれる感覚であり、日常に戻っても、ふとした瞬間に蘇ってくる。そして、また訪れたくなる。あの熱と冷の感覚、あの解放感を求めて。それが「天空のアジト」の魔法なのかもしれない。

そして帰り道、駅へと向かう足取りは、来た時とは違う。体は軽く、心は穏やかだ。都会の騒音も、人々の喧騒も、もはや気にならない。ただ、「ととのった」という満足感だけが残る。その感覚を胸に、また日常へ戻っていく。しかし、この「天空のアジト」での体験は、確実に自分の中に新たな記憶として刻まれている。次に訪れる日を、密かに心待ちにしながら。

文・一順二(にのまえ じゅんじ)

一順二(にのまえじゅんじ)
猫のロキ
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