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中村農場

山梨の風と共に生きる中村農場の物語

八ヶ岳南麓、標高1,050メートルの地に佇む中村農場。七十余年の時を刻み、季節の移ろいを見つめてきたこの養鶏場は、山梨の誇りとなっている。

朝霧の立ち込める早朝、農場では既に生命の営みが始まっている。「甲斐路軍鶏」と名付けられた鶏たちは、澄んだ空気と清らかな水に恵まれ、悠々と日々を過ごす。十年もの歳月をかけて品種改良されたこの鶏は、中村農場の象徴とも言える存在だ。

「美味しいと言われる食づくり」—この言葉は単なるキャッチフレーズではなく、七十年にわたって受け継がれてきた哲学である。鶏の飼育から食肉加工、採卵、そして調理までを一貫して行うこの農場では、生命を育む責任と、それを食として提供する誇りが、日々の営みに息づいている。

中村家の始祖が八ヶ岳の麓に鶏舎を構えたのは戦後間もない頃だった。当時は家族で細々と営む小さな養鶏場に過ぎなかったが、代を重ねるごとに技術を磨き、やがて「株式会社勝栄 中村農場」として新たな一歩を踏み出した。変わりゆく世の中にあっても、変わらぬ品質へのこだわりが、この農場の揺るぎない土台となっている。

農場の主役はもちろん鶏たちだ。「甲斐路軍鶏」に加え、「横斑プリマスロック」を親に持つ「岡崎おうはん」からは「八ヶ岳卵」が生み出される。濃厚な黄身と豊かな風味は、多くの人々を魅了してきた。そして青緑色の殻が特徴的な「アローカナ卵」も、美食家たちの間で密かな人気を博している。

北杜市の静かな山あいを訪れると、中村農場の本店が穏やかに迎えてくれる。店内に漂う優しい香りは、七十年の時を超えて受け継がれてきた料理の記憶だ。人気メニューの「特製親子丼」は、甲斐路軍鶏と八ヶ岳卵のハーモニーが生み出す至福の一品。一口食べれば、なぜ多くの人がこの地を訪れるのか、その理由が舌の上で踊り出す。

「待ち時間が長い」—そんな声も聞こえるが、それは自然のリズムで育まれた食材を丁寧に調理する時間の証。急がば回れというように、ここでは食の本質に立ち返る時間が流れている。

中村農場の魅力は食だけにとどまらない。「水の山」プロジェクトのサポーターとして環境保全に努め、鶏糞を堆肥として再利用する循環型農業にも取り組む姿勢は、未来を見据えた農場の志を物語っている。

近年では事業の幅を広げ、高級ホテルやレストランへの卵や鶏肉の提供、オンラインショップの展開、さらには体験型観光農園事業にも挑戦している。変化を恐れず、時代のニーズに応えながらも、本質を見失わない—それが中村農場の強さなのだろう。

中央店の開設、ほろほろ鳥や鴨の飼育への挑戦、カフェやフレンチレストランの運営など、新たな風を取り入れながらも、「食を通じて人々の笑顔を生み出す」という変わらぬ使命を胸に秘めている。

農場を訪れる人々の顔には、満足の表情が浮かぶ。「絶品」「美味しい」という言葉が行き交う食事処では、都会の喧騒を忘れた穏やかな時間が流れている。八ヶ岳の雄大な自然を背景に、人と食と大地のつながりを肌で感じることができる場所、それが中村農場だ。

直売所では新鮮な卵や鶏肉、手作りの加工品が並ぶ。それらは単なる商品ではなく、中村家の歴史と情熱が形になったものだ。手に取るだけで、その温もりが伝わってくるようだ。

時代は変われど、食の根本にある「命をいただく」という畏敬の念は、この農場に脈々と息づいている。七十年の時を経て、今も変わらず八ヶ岳の風と共に生きる中村農場。その物語は、これからも山梨の大地に新たな章を刻み続けるだろう。

朝露に濡れた鶏舎、昼下がりの直売所の賑わい、夕暮れ時の食事処の温かな灯り—四季折々の表情を見せる中村農場は、訪れる者の心に深く刻まれる。まるで一編の詩のように美しく、一冊の本のように深い物語がそこにはある。

自然と人間が紡ぎ出す命の営み。その尊さを教えてくれる場所が、ここ八ヶ岳南麓の中村農場なのかもしれない。

文・一順二(にのまえ じゅんじ)

一順二(にのまえじゅんじ)
猫のロキ
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