暗闇を切り裂く白い光が瞬く錦糸町の街。人々の喧騒が絶えない駅前から少し離れた場所に、一筋の温かな光を放つ建物がある。「スパ&カプセル ニューウイング」――サウナを愛する者たちが「サウナーの聖地」と呼ぶ、隠れた楽園だ。
昭和の香りが微かに漂う外観には、30年以上の時を重ねた風格がある。1989年に産声を上げたこの場所は、サウナブームなど遠い未来の話だった時代から、黙々と湯気と共に人々の疲れを癒やし続けてきた。
自動ドアをくぐり、フロントで受け取ったリストバンドを手首に巻く。この小さな輪が、俗世との境界線となる。下足を預け、階段を上り、更衣室でスーツから解放された体は、徐々に日常から離れていく。
浴場に一歩足を踏み入れると、そこには三つの扉が待ち構えている。それぞれが異なる「熱」への誘いだ。「ボナサウナ」と記された扉の向こうには、85〜95℃の高温空間が広がる。自動ロウリュが6分ごとに作動し、サウナストーンから立ち上る湯気が部屋中に舞う。適度な湿度を含んだ熱波が体を包み込み、毛穴から滲み出る汗が全身を覆い始める。
さらに熱を求める魂には「カラカラサウナ」がある。110℃という灼熱の世界。初めて扉を開けた時の衝撃は忘れられない。空気そのものが燃えているかのような感覚。だが不思議なことに、その空間では息苦しさを感じない。緻密に計算された設計が、新鮮な空気の流れを生み出しているからだ。耳をすませば、静かに流れるラジオの声。古き良き時代の温もりを感じさせる空間だ。
そして最後の扉、「テルマーレ改」。ここでは訪れる者一人ひとりが、自分だけの湿度を創造できる。備え付けの水桶とひしゃくを手に、ストーンにアロマ水をかければ、たちまち部屋中が芳香に満ちた蒸気で満たされる。ウチワで風を送れば、その香りはさらに広がる。まるで自分だけのための儀式のように、心地よい湿熱を紡ぎ出す喜びがある。
熱の世界を堪能した後に待つのは、「冷」の洗礼だ。「冷水ミニプール」と名付けられた15℃の広大な水風呂は、ニューウイングの象徴とも言える存在。深さ1.1メートルのこのプールには、同時に15人もの体が浸かることができる。しかもただ浸かるだけではない。かけ湯をしっかりとすれば、頭から潜って泳ぐこともできるのだ。まさに「プール」の名に相応しい広さと深さを持つ。サウナで開ききった毛穴が、冷水に触れた瞬間に一斉に閉じる。全身を包み込む冷水の中を泳ぐ時の衝撃と共に、体中を駆け巡る電流のような感覚。「ととのう」という言葉が生まれた瞬間を、この身が知る。
水温20度ほどの小さな水風呂の傍らには、ある秘密の装置が設置されている。「ゲリラ豪雨ボタン」――その名の通り、ボタンを押すと天井から霧のシャワーが降り注ぐ。外気浴スペースを持たないこの場所ならではの工夫だ。人工的な雨に打たれる瞬間、自然の恵みを思い出す。
熱と冷の行き来を繰り返し、最後に「ととのい椅子」に腰掛ける。閉じた目の裏には、さっきまでのサウナでの自分が映る。頭の中から余計な思考が消え、ただ「今」を感じるだけの静寂が訪れる。この瞬間のために、人はサウナを求めるのかもしれない。
館内にはサウナの他にも、様々な「逃避」の場所が用意されている。泡風呂付きのジャグジーバスや、北海道の秘湯から抽出した成分を含む人工温泉。疲れを癒やした後は、6,000冊以上の漫画が並ぶコーナーや、懐かしのゲーム機でノスタルジーに浸ることもできる。ドストエフスキーは「蒸し風呂と認識力は両立しない」と記したが、ここでは蒸し風呂と遊びこそが最高の組み合わせなのだ。
ニューウイングには決して外気浴スペースはないが、だからこそ生まれる独自の「ととのい」がある。大型扇風機が送り出す風は、都会の喧騒を忘れさせてくれる。「サウナは遊び場ですかね」――かつてテレビドラマ『サ道』に登場した支配人・吉田健さんの言葉が、この場所の真髄を表している。
訪れる人々の声を聞くと、「都内最高クラスのサウナ」「トップ3に入るお気に入り」という賞賛の言葉が並ぶ。施設自体は昭和の香りを残すが、だからこそ感じられる親しみやすさがあるという。「豪華さはないが庶民的」という言葉が、ここには似合う。
そして驚くべきは、この充実した設備の数々を2,600円という良心的な価格で提供していること。都心の類似施設と比べれば、その価値は一目瞭然だ。手ぶらで訪れても、タオル、館内着、アメニティまで揃っている。まさに「身一つで楽園に辿り着く」体験と言えるだろう。
最後に特筆すべきは、2022年に行われたサウナ室の増設だ。「お客さんがサウナ室に入りきれなくなってきた」という理由で、3つ目のサウナを新設した。利用者の声に耳を傾け、常に進化を遂げてきた証しである。
夜が更けていく錦糸町の街。喧騒は次第に沈静化し、夜の帳が降りる。だがニューウイングの扉は24時間、訪れる人々に開かれている。深夜や明け方、いつでも「ととのい」を求める魂を受け入れてくれる。
時に日常から逃れたくなる時がある。重圧に押しつぶされそうになる時、心が乱れて集中できない時、あるいは単純に体が疲れ切った時。そんな時、私たちは「熱」と「冷」の行き来の中に、答えを見出す。
錦糸町ニューウイングは、単なるサウナ施設ではない。それは日常と非日常の境界線に立つ、都会のオアシスだ。昭和から平成、そして令和へと時代が移り変わっても、変わらぬ温もりを提供し続ける場所。ここで「ととのった」者だけが知る、特別な感覚がある。
この文章を読んだあなたも、いつか扉を開けてみてはどうだろう。そこには、言葉では表現しきれない体験が待っている。汗と共に流れていく日常の疲れ。水の中で生まれ変わるような清々しさ。そして、「ととのい椅子」で感じる、かけがえのない「今」の感覚。
東京の片隅で、静かに湯気を上げ続けるニューウイング。それは近代化の波に揉まれながらも、独自の文化を育み、人々の心と体を温め続ける、小さな楽園なのだ。
文・一順二(にのまえ じゅんじ)

