風情ある石畳に足を踏み入れると、そこには時が緩やかに流れる別世界があった。古都京都の嵯峨野、嵐山の喧騒からほんの少し離れた場所に佇む「嵯峨おきな」は、まるで昔話の一ページから抜け出してきたかのような静謐な存在感を放っている。
軒先に揺れる行燈の光に誘われ、暖簾をくぐると、そこには京の四季が凝縮された世界が広がる。土間を抜けると、明かりを落とした室内には、厳選された調度品が控えめに配され、窓の外には小さな坪庭が見える。この空間だけで、心は既に日常から解き放たれていく。
店主の手による一皿一皿は、そっと語りかけるように運ばれてくる。春は若竹と桜鯛、夏は鱧と賀茂茄子、秋は松茸と栗、冬は蟹とふぐ—季節を映す食材たちが、伝統の技と現代の感性によって昇華され、目と舌を楽しませる。特に蟹やふぐを使った冬の料理は、予約必須の人気メニューだという。一口含めば、京の厳しい冬の中にある優しさを感じさせる。
「嵯峨おきな」の昼の顔と夜の顔は、まるで別の店のよう。日中は5,000円からの昼食で、地元の常連客も多く訪れる。窓から差し込む柔らかな陽光の中、風情ある器に盛られた旬の料理に、時間の流れさえも緩やかに感じられる。
一方、日が落ちた後の「嵯峨おきな」は、より深い京の夜を映し出す。16,000円から20,000円の夜のコースは、懐石の真髄を体現している。カウンター席に座れば、職人の手さばきを間近に見ることができ、座敷に身を委ねれば、プライベートな空間で食事を楽しむことができる。
いにしえの職人たちが磨き上げてきた技が、今を生きる料理人の手によって受け継がれていく—そんな時間の重なりを感じさせるのが「嵯峨おきな」の魅力だ。ある常連客は「ここでの食事は、京都の風景をすべて味わっているような気持ちになる」と評する。
訪れるなら、トロッコ嵯峨駅から徒歩約12分。京都市右京区嵯峨釈迦堂大門町11に位置する静かな佇まいが迎えてくれる。営業は昼が12時から、夜が18時から(最終入店はそれぞれ13時30分、19時30分)。水曜日と第3木曜日は店を閉める。事前の予約は075-861-0604か公式サイトから可能だ。
「明日の約束ができないからこそ、今日の出会いを大切にする」—店主が折に触れて口にするというこの言葉は、料理人としての哲学を表しているのかもしれない。季節の移ろいを敏感に感じ取り、その瞬間の最良を提供する。それは京料理の真髄であり、「嵯峨おきな」という店の存在そのものだ。
落ち着いた空間には、日々の喧騒を忘れさせる力がある。個室に身を置けば、恋人との語らいも、大切な人との会食も、特別な時間となる。支払いは主要クレジットカードから電子マネーまで対応し、駐車場も完備。コロナ対策も万全で、アルコール消毒やパーテーション設置など、細やかな配慮がなされている。
街の喧騒から離れた場所に静かに佇む「嵯峨おきな」は、料理の真髄を求める人々の隠れ家となっている。時には京の厳しい寒さや暑さを感じながらも、季節の移ろいを受け入れ、その中で最高の瞬間を切り取る—そんな日本人の美意識が、ここには息づいている。
季節の優しさと厳しさを同時に感じさせる京料理。その真髄を静かに伝える「嵯峨おきな」は、訪れる者に一期一会の喜びを与えてくれるだろう。旅の記憶は、いつしか薄れていくものだが、「嵯峨おきな」での食事の記憶は、長く心に残り続けるに違いない。
文・一順二(にのまえ じゅんじ)

