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大垣サウナ

住宅街の一角を曲がると、突如として現れる昭和の面影。時を経た建物の前に立つと、控えめに佇む「大垣サウナ」の看板が静かに迎えてくれる。1966年の創業以来、岐阜県大垣市の片隅で半世紀以上もの間、地元の人々の疲れを癒し続けてきたこの場所は、今や全国のサウナ愛好家たちの間で密かに「聖地」と呼ばれている。

大垣駅から徒歩で約23分。三塚町の静かな住宅街の中に、時を止めたように佇むその姿は、まるで昭和の記憶そのものだ。扉を開けると、木の香りが鼻腔をくすぐる。「いらっしゃい」という温かな声が、都会の喧騒に疲れた心を解きほぐしていく。

この土地が「水の都」と呼ばれる理由を、大垣サウナの水風呂は雄弁に物語る。地下から汲み上げられる天然水は、年間を通して14〜15℃に保たれ、その柔らかな水質は「奇跡」と称されるほどだ。高温のサウナで火照った肌が、この水に触れた瞬間、全身に走る快感は言葉では表現できない。まるで肌が呼吸を始めるように、身体の芯から生まれ変わる感覚に襲われる。

「いくら入っても飽きない」と常連たちは語る。冷たさの中に優しさがあり、刺すような冷水ではなく、包み込むような感触が特徴だ。常に新しい水がオーバーフローし続け、その音は静かな森の中の小川のように、心を鎮める。

サウナ室は約15名が収容可能な広さで、110〜120℃という高温が保たれている。「昭和ストロング」と称される熱さは、現代の快適さを重視したサウナとは一線を画す。ここには本物を求める人々が集まる。2段構造の座席に腰を下ろし、ワッフル生地のサウナマットの上で、じんわりと汗が噴き出す感覚を味わう。天井近くでは118℃に達することもあるという。

汗を流した後は、2階の食事処で至福の一時を過ごす。中でも「豚ロースしょうが焼き定食」は、サウナ愛好家の間で伝説となっている。熱さと冷たさの極限を行き来した後の一杯と一皿は、日常では味わえない幸福感をもたらす。

最も特筆すべきは、この場所の人情味だ。ある訪問者は、遠方から来たことを伝えると、女将さんが駅まで車で送ってくれたという。まるで実家に帰ってきたかのような安心感。それは建物や設備ではなく、長年培われた「おもてなし」の心に他ならない。

古いことが欠点ではなく、魅力となる不思議。最新設備を誇る施設ではないが、そのレトロな雰囲気こそが癒しとなる。一歩足を踏み入れれば、タイムスリップしたかのような錯覚に陥る。スマートフォンの通知音も、仕事の締め切りも、すべてが遠い世界のことのように感じられる。

土曜日のオールナイト営業では、時間を気にせずにゆっくりと過ごせる。夜9時以降は1,100円と料金も抑えめだ。常連たちは回数券を手に、何度も足を運ぶ。なぜなら、ここでの体験は単なる入浴以上のものだからだ。それは心の奥深くまで届く、魂の洗濯のような時間である。

ただし、訪れる際は注意したい。この聖地は男性専用施設となっている。また、駐車場は完備されているが、公共交通機関でのアクセスも便利だ。JR大垣駅からバスで「三塚町」バス停まで行き、徒歩約3分で到着する。

「ととのう」という言葉がサウナブームと共に広まったが、大垣サウナはその言葉が生まれる遥か前から、人々を「ととのえて」きた。その証が、半世紀以上にわたる営業と、世代を超えて愛される理由だろう。

見た目は簡素でも、その本質は豊かで深い。それはまるで人生そのものだ。熱と冷の対比が生み出す感動。日常と非日常の境界線。そして心の琴線に触れる温かな人間関係。大垣サウナは、単なる温浴施設ではなく、人生の縮図とも言える場所なのかもしれない。

時が経っても変わらない価値があるということ。忙しない現代だからこそ、立ち止まって感じたい真実がここにある。あなたも一度、この「水の都」の隠れた宝石を訪れてみてはいかがだろうか。きっと、忘れられない体験があなたを待っている。

文・一順二(にのまえ じゅんじ)

一順二(にのまえじゅんじ)
猫のロキ
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