窓から差し込む柔らかな光が、繊細な陶器の表面を優しく照らしていた。山あいの静けさの中で、時間はゆっくりと流れている。ここ中尾山交流館は、波佐見の土と炎が織りなす物語の、静かな語り部なのだ。
長崎県波佐見町。その山間に抱かれた中尾山地区には、古くから続く窯元の息吹が今も残っている。その歴史と文化の結節点として佇むのが、中尾山交流館だ。山の懐に抱かれたこの小さな館は、単なる観光施設ではない。ここは陶器の里の魂とも言うべき場所で、訪れる者は皆、ここから波佐見焼の真髄への旅を始めるのだ。
館内に一歩足を踏み入れると、時代を超えて受け継がれてきた陶芸の伝統が、静かに迎えてくれる。古陶磁のガラスケースには、先人たちの手仕事の痕跡が宿り、時の流れを超えて今に語りかけてくる。それらの横には、現代の18の窯元による個性豊かな作品が並び、伝統と革新の対話が生まれている。山の斜面を登るように配置された棚には、形も色も異なる器たちが、それぞれの物語を抱えて佇んでいる。
窓の外には、かつての隆盛を物語る煙突の影が落ち、斜面に残る登り窯の跡が、昔日の活気を偲ばせる。この静謐な空間で、訪れる人々は忙しない日常から解放され、陶器と対話する時間を得るのだ。手に取る器の重さ、釉薬の色合い、そして職人の息遣いまでもが、ここでは感じられる。
春の訪れとともに咲き誇る桜の下で開かれる「桜陶祭」。秋の澄み切った空の下で催される「秋陶めぐり」。季節ごとに装いを変える中尾山は、このような祭りを通じて更なる賑わいを見せる。窯元が一斉に扉を開き、作り手と使い手が直接触れ合うこれらの祭りは、陶器という媒体を通した人と人との温かな交流の場となっている。
交流館を訪れる人々の表情は様々だ。初めて波佐見焼に触れる若い家族連れは、子どもたちの眼差しの輝きを喜び、古くからの陶芸愛好家は熟練の目で新たな作品を吟味する。40代を中心とした訪問者たちは、落ち着いた空間で自分だけの一品との出会いを楽しんでいる。「まずは交流館で全体を把握し、それから窯元巡りへ」という館長の言葉通り、ここは旅の起点として多くの人に親しまれている。
訪れた人々は口々に言う。「ここで見た器が、家に帰ってからの日常を彩ってくれる」と。それこそが、この交流館の、そして波佐見焼の真の力なのだろう。日々の暮らしに寄り添い、使う人の手の温もりを受け入れ、年月とともに深まる味わいを持つ器たち。それらは単なる道具ではなく、使う人の人生に寄り添う伴侶のようなものだ。
江戸時代から続く窯の火は、時代とともにその形を変えながらも、今もなお灯り続けている。かつて大量生産を支えた窯も、今は一つ一つの作品に魂を込める場へと変わった。しかしその根底に流れる、土と炎と人の手による創造の精神は、変わることなく受け継がれている。
中尾山交流館の小さな窓から見える風景は、季節ごとに表情を変える。春の桜、夏の緑、秋の紅葉、冬の静寂。そして、その風景の中で生まれる焼き物もまた、自然の息吹を内包している。窓辺に腰かけ、手に取った湯呑みから立ち上る湯気を眺めながら、訪れる人は自然と人間の営みの調和を感じるのだろう。
交流館を後にし、周辺の窯元を巡る道すがら、ふと足を止めて振り返ると、山あいに佇む小さな館が見える。それはまるで、この地の陶芸文化を見守る静かな守り神のようだ。陶器の里の物語は、この交流館から始まり、そして永遠に紡がれていく。
波佐見の空気を吸い、中尾山の土を踏みしめながら、私たちは自らもこの物語の一部となる。世代を超えて受け継がれてきた技と美が息づくこの地で、訪れる者は皆、自分だけの陶器との出会いを求めて歩を進める。そして中尾山交流館は、そんな旅人たちを温かく迎え、送り出す、陶郷の心臓部であり続けるだろう。
文・一順二(にのまえ じゅんじ)

