日本シン名所百選 日本シン名所百選

御座山

御座山山頂からの眺め

霧に包まれた山々が朝日に輝き始める瞬間、遥か遠くに御座山の姿が浮かび上がる。神が宿るという伝承を持つこの名峰は、天皇の座る高御座(たかみくら)に由来する山名を持ち、古来より人々に崇められてきた聖地だ。長野県の北相木村と南相木村の境に位置する標高2,112メートルの御座山は、日本二百名山に選ばれる名山であり、その雄大な姿は今日も多くの山旅人を惹きつけている。

山頂に立つと、そこには言葉を失うほどの絶景が広がる。南には金峰山から甲武信ヶ岳へと連なる奥秩父連峰、北には浅間山へと続く上信国境の山々、そして圧倒的な存在感で佇む八ヶ岳の勇姿。360度の大パノラマは、まるで神々の住まう世界を一望するかのような感覚を呼び起こす。風に乗って遠くからやってくる雲が山肌を優しく撫で、時に山頂を包み込み、時に晴れて絶景を見せる。この山は表情を変え続ける生きた存在のようだ。

御座山への登山口は複数あり、それぞれに異なる魅力を持っている。栗生コースは最短ルートとして知られ、鬱蒼としたカラマツ林やブナ、トチなどの原生林を抜けると、不動の滝が姿を現す。冬には氷瀑となるこの滝の前に立つと、自然の神秘を肌で感じることができる。白岩コースは6月上旬から中旬にかけて山腹に群生するシャクナゲの花が見どころで、その鮮やかなピンク色の花々が山を彩る様子は圧巻だ。長者の森コースはやや長めの行程だが、豊かな森の息吹を全身で感じることができる。天狗山コースからは、カラマツ林や白樺林の中を歩き、尾根筋からの素晴らしい景色を堪能できる。

登山の記憶は山頂だけでなく、そこに至るまでの道程にも刻まれる。風に揺れる草木の囁き、踏みしめる足元の感触、汗ばんだ額を冷やす山の風、そして時に垣間見える野生動物たちの気配。御座山の登山は、五感全てを開放させる旅だ。

相木川の谷は、秩父困民党が生まれた場所としても知られる。権力に屈することなく生きた人々の気骨は、この山の地形にも表れているかのようだ。急峻な箇所あり、緩やかな道のりあり、その多様性は人生そのものを映し出している。

山を下りた後も楽しみは続く。南相木温泉「滝見の湯」では、内湯や露天風呂、打たせ湯、サウナ、セルフロウリュサウナなど様々な湯を楽しむことができる。地元産のそば粉を使った蕎麦も格別だ。疲れた体を温泉に浸し、地元の味覚を堪能するひとときは、山行の充実感をより深めてくれる。

御座山への登山に最適な時期は春から秋にかけてだが、それぞれの季節が異なる表情を見せてくれる。春は新緑とシャクナゲの花が山を彩り、夏は澄み切った青空と冷涼な山の空気が体を癒し、秋は紅葉が山全体を金色と赤に染め上げる。冬には厳しい自然の姿を見せるが、不動の滝の氷瀑は冬ならではの絶景だ。

安全な登山のためには、最新の天気予報の確認や登山計画書の提出が欠かせない。山の天気は変わりやすく、特に山頂は風が強い場合があるため注意が必要だ。また、山小屋はあるものの、トイレや水場はないため事前の準備が重要となる。

御座山は単なる山ではなく、自然と人間の関わりの物語が刻まれた聖地だ。そこに足を踏み入れることは、自分自身の内なる旅でもある。心身を開放し、大地と空と風の中に身を置く。そして頂に立った時、広がる絶景は、日常では得られない感動と静謐をもたらしてくれるだろう。

神が宿る山、御座山。その懐に抱かれる旅に出かけてみませんか。きっと、忘れられない物語が生まれることでしょう。

文・一順二(にのまえ じゅんじ)

一順二(にのまえじゅんじ)
猫のロキ
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