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フロリレージュ

空へ向かって伸びる高層ビル群の間に佇む新たな美食の殿堂。麻布台ヒルズの通り抜ける風に乗って、訪れる者を誘い込むのは「フロリレージュ」。その名は、フランス語で「花の集成」を意味する。まさにその名の通り、ここでは一皿一皿が花のように咲き誇る体験が待っている。

扉を開けると、そこには劇場のような空間が広がる。16メートルもの大きなテーブルを囲む「ターブルドット」スタイルで、他の客と共に食事を囲む。見知らぬ隣人との食卓が、不思議と心地良い空気感を醸し出す。前方では調理人たちが踊るように動き、皿の上に物語を紡いでいく。

主役は川手寛康シェフ。1978年、東京生まれの彼は、料理人の家系に育ち、フランスの有名店やカンテサンスでの修業を経て2009年に南青山で「フロリレージュ」を創業した。神宮前を経て、2023年9月に麻布台ヒルズへと移転。その足跡と共に磨かれてきた料理哲学は「To Balance A with B」。相反するものの間に絶妙なバランスを見出す姿勢が、彼の創り出す一皿一皿に反映されている。

ただ食べるだけではない、味わうアートがここにある。季節によって変わるコース料理の数々。「熟成したアオリイカとクリームチーズ、キャビア」を用いた繊細な前菜、「椎茸と長期熟成チーズのスープ」の深い旨味、「焼き芋に見立てた一皿」の創造性。どれも見た目の美しさに心を奪われ、口に含めば想像を超える味わいが広がる。特に野菜の旨味を引き出す技術は圧巻だ。誰もが知る野菜が、ここでは全く新しい姿で目の前に現れる。

その実力は世界が認めている。ミシュランガイドでは二つ星を獲得、環境への配慮からグリーンスターも手にした。2024年には「Asia's 50 Best Restaurants」で2位、「The World's 50 Best Restaurants」で21位という輝かしい成績を残している。日本のみならず、世界の食通たちが舌を巻く理由が、ここにある。

川手シェフの挑戦は料理の枠を超え、2023年には「DEAR BUTTER SAND」というスイーツブランドも立ち上げた。常に進化し続ける彼の姿勢は、レストランの空気感にも表れている。

訪れる人々は様々だ。記念日を祝うカップル、食通のビジネスマン、海外からの美食家まで。しかし彼らが求めるのは同じもの—食を通した物語体験。一期一会の時間が、ここには流れている。

都会の喧騒から離れた静寂の中、皿の上で生命が歌い、記憶が刻まれていく。それがフロリレージュという名の、現代日本が誇る美食体験の本質である。

文・一順二(にのまえ じゅんじ)

一順二(にのまえじゅんじ)
猫のロキ
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