白樺の森が風に揺れる音と、せせらぎの調べが織りなす自然の交響曲。その真ん中に佇む八千穂サウナは、都会の喧騒を忘れさせる別世界への扉だ。長野県南佐久郡の八千穂高原、駒出池キャンプ場の奥まった場所に、この隠された楽園は存在する。
落葉が舞い散る小道を進むと、薪の香りが漂い始める。それは、これから待ち受ける熱の儀式への前奏曲だ。八千穂サウナの真骨頂は、自然との一体感にある。人工的な要素を極力排し、大地の息吹を全身で感じさせる空間設計は、現代人の渇いた魂に潤いをもたらす。
テントサウナ、小屋サウナ、バレルサウナ―様々な形態のサウナが点在する敷地内は、まるで熱の遊園地のようだ。100℃を超える高温のドライサウナから、低温で寝ながら楽しめるものまで、その多様性は驚異的だ。全てが薪で熱せられる本物志向の空間で、セルフロウリュの自由も約束されている。山の水、白樺、麦茶、紅茶、季節のハーブなど、ロウリュ水の選択肢も豊富だ。時折開催される「ヤチホグース」と呼ばれる熱波イベントでは、ブロワーを使った爆風ロウリュが体験できる。その瞬間、サウナ室は一気に熱の渦に包まれ、参加者たちの興奮の声が森に響き渡る。
だが、八千穂サウナの真髄は熱だけにあらず。心臓を鷲掴みにするような冷水体験こそ、この場所を特別なものにしている。施設内を流れる渓流は、山の恵みそのものだ。11月には5.2℃という冷たさを記録した天然水は、サウナで熱せられた身体に格別の刺激を与える。頭から天然水を浴びる「脳天オールヘッド冷却」は、電流が全身を駆け巡るような感覚をもたらす。その瞬間、人は本能的な歓喜を爆発させ、忘れかけていた生命力を取り戻す。
八ヶ岳の湧水を利用した山の水プールは約10℃。その透明度と肌触りの良さは、多くの利用者を魅了してやまない。バレルプールはさらに深く、身体を完全に沈められる贅沢な水風呂だ。水の冷たさは痛みを超え、ある種の快感へと変わる不思議な体験。それこそが、八千穂サウナが提供する「圧倒的なととのい」の核心だろう。
サウナと水風呂を行き来した後の休息も、この場所ならではの至福の時間だ。外気浴エリアに設けられたインフィニティチェアは約30脚。中には渓流の中に設置されたものもあり、水の音を聴きながら空を見上げる瞬間は、都会の日常では決して得られない贅沢だ。秋には落ち葉を入れた水でのロウリュが楽しめ、その香りが記憶に刻まれる。冷え込む季節には、暖炉や薪ストーブのある休憩スペースで温まりながら、森の風景を眺める静寂の時間が待っている。
利用者の声は一様に絶賛だ。「最高のサウナだった」「非常に素晴らしい」「最高でした!!」といった言葉が並ぶ。特にスタッフの対応の良さは特筆すべき点だ。熱に情熱を燃やす彼らは、初めての訪問者にも温かく手を差し伸べ、サウナ体験をさらに豊かなものにしている。誰もが「また来たい」と思う場所、それが八千穂サウナだ。
この楽園には条件がある。営業は4月中旬から11月下旬までの季節限定。予約は公式ウェブサイトから前日17時までに済ませる必要があり、支払いは現金のみ。2時間3,500円(平日)から始まる料金設定は、その体験の質を考えれば決して高くない。小学生は半額、小学生以下は無料という家族連れにも優しい配慮もある。
八千穂サウナは、ただのサウナ施設ではない。それは、都会の生活に疲れた魂の避難所であり、自然との対話の場だ。薪の香り、白樺の光、渓流の音、天然水の冷たさ―五感全てを開放し、現代人が忘れかけていた原初の喜びを思い出させてくれる場所。一度訪れれば、その記憶は体の奥深くに刻まれ、日常の中でふとよみがえることだろう。季節の変わり目に、この白樺の森が静かに呼びかける声が聞こえてくるはずだ。
文・一順二(にのまえ じゅんじ)

