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トンボの湯

森の息吐く湯面で、百年の歴史が動き出す。軽井沢の深緑に囲まれた星野温泉トンボの湯は、1915年の開湯以来、多くの文化人の足跡を受け継ぎながら、現代に息づく源泉かけ流しの湯処だ。

湯に身を沈めれば、周囲の自然と一体化する感覚に包まれる。内湯はヒノキと天然石が織りなす温もりの空間。大きな窓から溢れる自然光が湯面を優しく照らし、時の流れを忘れさせる。露天風呂に目を向ければ、豊かな樹林が湯を包み込み、まるで森の懐に抱かれているかのような錯覚に陥る。湯面に映る四季の景色は、訪れるたびに異なる表情を見せる自然の贈り物だ。

湯上がりに心地よい汗を流すサウナは、ジャズの調べと共に静かな時間を約束する。窓から覗く季節の風景を眺めながら、20分ごとに自動で実施されるオートロウリュが全身を包み込む。その後に待つのは、近隣の野鳥の森から湧き出る天然水を用いた水風呂。通年約13度と一定に保たれたその冷たさは、熱された体に鮮烈な清涼感をもたらす。

泉質は単純温泉、低張性弱アルカリ性高温泉。その柔らかな湯は「美肌の湯」としても知られ、慢性的な腰痛や冷え性、疲労回復に効能があるとされる。毎分400リットルという豊富な湧出量が、常に新鮮な湯を確保している。泉質を知り尽くした地元の人々は、ここで飲泉も楽しむことがある。体の内側からも温泉の恵みを享受する静かな贅沢だ。

トンボの湯の魅力は温泉だけではない。隣接する村民食堂では、地元の食材を活かした料理と酒を味わえる。湯上がりにカフェでビールやソフトクリームを楽しむのも格別だ。さらに徒歩数分の距離にはハルニレテラスが広がり、個性豊かな店舗が並ぶ。温泉を核に、食と買物の楽しみが連なっている。

四季折々の表情も見逃せない。春には桜や新緑が湯を彩り、夏は深い緑陰が涼を与え、秋は鮮やかな紅葉が湯面に映え、冬は雪景色の中で幻想的な湯浴みを楽しめる。季節に合わせた特別な湯も用意され、秋のりんご湯や冬至のゆず湯は、その時期にしか味わえない風物詩となっている。

ここを訪れる人々の声を聞けば、自然環境の素晴らしさ、清潔で広々とした空間、そしてリラックスできる雰囲気への賞賛が目立つ。中でも四季を感じられる露天風呂への評価は高い。ヒノキの香りがほのかに漂う内湯も人気だ。

トンボの湯のある星野エリアには、ピッキオでの自然観察ツアーやケラ池スケートリンク、軽井沢高原教会と石の教会など、多様な魅力が点在している。温泉と組み合わせれば、軽井沢の自然と文化を一度に満喫できる。

百年を超える歴史を持ちながら、現代のニーズに応えるイベントも充実している。足湯に浸かりながらクラシック音楽を楽しむ「温泉クラシックス」や、サウナ愛好家向けの「トンボのサウナDAY」など、常に新たな温泉体験を創造し続けている。

東京駅からは新幹線で軽井沢駅まで約1時間20分、そこからバスで約20分。あるいは高速バスで直接「星野温泉トンボの湯」まで向かうルートもある。都心の喧騒から数時間で、まったく異なる時間が流れる湯の世界へ誘われる。

軽井沢の森に抱かれた星野温泉トンボの湯は、単なる温泉施設ではない。百年の時を経て磨き上げられた湯の文化と、四季折々の自然が融合した特別な空間だ。湯に身を委ねる瞬間、日常の重力から解き放たれ、新たな自分と出会える場所。それがトンボの湯の真の魅力なのかもしれない。

文・一順二(にのまえ じゅんじ)

一順二(にのまえじゅんじ)
猫のロキ
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